本書の目的は未発表のまま残された川崎の描画を公表することにある。
川崎のサクラ研究を特徴づけているのは、多数残された図解にみる詳細かつ緻密な描画である。残された図解には未完成の断片的なものも含まれるが、完成図と考えられる作品についていうなら、それらは研究のための単なるキーポイントの図解ではなく、全形図をともなう、そのひとつひとつがボタニカルアートとしての賞賛に耐える見事な作品となっていることだ。
サクラに限らず、植物の観察で重要なこととして、まずはできるだけすべてを正確に観ることであり、次の要点は観察結果を分析・考察することである。特徴を明らかにすることもそれに加わる。このことは簡単なようでいて実際は容易ではない。
川崎のサクラ研究の基底をなす特質は上記の2つ、すなわち精密な描画、高い精度での多数の形質での属性記載、によって培われたものといえる。このような楽器演奏の訓練にも似た緻密な積み重ねなくしては、野生種ばかりか一層分類がむずかしい栽培品種をも同定することは不可能であっただろう。
図解に長じていたことは、川崎のサクラ研究に他の研究者にはみられぬ特色をもたらしたといってよい。図解こそは他の追従を許さない'川崎サクラ学'の核心部分であり、まさにこの点を明らかにすることが本書を出版することの意義でもある。
編者/大場 秀章
東京大学名誉教授