推薦のことば金井弘夫著作集によせて(一部抜粋)
金井さんの専門は植物分類学であるが、他の多くの学徒とは異なり、発見になった新植物に新しい学名を与える研究や新見解にもとづく新学名の提唱のような命名についての論文はほとんど発表されていない。金井さんが命名者になっている学名で私が知っているのはネパールのスイセイジュ(水青樹)に恩師の原寛先生と共に命名された Tetracentron sinense var. himalense H. Hara & Kanai だけである。
このことから学会には金井さんが分類に興味がない研究者だという人がいるが、決してそんなことはない。学名の命名や変更はそれを必要とする新事実があってなされるものである。金井さんはそうした新事実の発見には変らず高い関心を抱いておられる。しかし、それをもってご自身で学名を提唱されることはなさらないのである。むしろ金井さんは、その新事実を誰にでもこだわりなく気軽に伝え、知識として多くの人たちに共有されることで良しとしているのである。このことは金井さんの研究の特色の一部をなしている重要な点であると私はみている。本書の第二部「植物の観かた・残しかた」には、こうした新事実の発見を多くの読者に簡明、かつとても楽しそうに伝えようとされる、金井さんの姿勢がよく現れている。
金井さんが分類学の領域中で形態観察とならび特別な関心を抱かれているのは分布の問題である。これまでに、日本全県に及ぶ普通植物の分布調査と分布パターンの考察、尾瀬ヶ原での水生植物と池塘の消長、帰化植物の分布などの研究が論文や報告書として刊行されているが、そこには分布の事実を大切に考える金井さんの姿勢が貫かれているようにみえる。
東京大学名誉教授 大場秀章
⬅1983年の大場隊のメンバー。カトマンズ、フルチョウキにて。2001年5月。右より大場秀章、鈴木三男、秋山忍、金井弘夫、若林三千男。鈴木氏が触っているのは1983年に材を採取した跡。